歩む道の先に光があることを感じさせてくれる良書
書評者:田嶼 尚子(慈恵医大名誉教授/糖尿病・代謝・内分泌内科学)糖尿病診療においては,患者の考え方や生活背景など,個人個人が置かれた状況を尊重することや,医療者と患者の双方向における意思の疎通が欠かせない。しかし,このような側面はサイエンスとしては取り扱いづらく,近代医学ではともすると後回しにされてきた。この点についても知りたいと思っている諸兄姉にとって,この...
歩む道の先に光があることを感じさせてくれる良書
書評者:田嶼 尚子(慈恵医大名誉教授/糖尿病・代謝・内分泌内科学)糖尿病診療においては,患者の考え方や生活背景など,個人個人が置かれた状況を尊重することや,医療者と患者の双方向における意思の疎通が欠かせない。しかし,このような側面はサイエンスとしては取り扱いづらく,近代医学ではともすると後回しにされてきた。この点についても知りたいと思っている諸兄姉にとって,この...
歩む道の先に光があることを感じさせてくれる良書
糖尿病診療においては,患者の考え方や生活背景など,個人個人が置かれた状況を尊重することや,医療者と患者の双方向における意思の疎通が欠かせない。しかし,このような側面はサイエンスとしては取り扱いづらく,近代医学ではともすると後回しにされてきた。この点についても知りたいと思っている諸兄姉にとって,このたび上梓された『糖尿病医療学入門――こころと行動のガイドブック』はまたとない良書である。
糖尿病と心理に関する第一人者である石井均先生が,長い間にわたって,感じ,考え,そして実践してこられた経験のすべてが盛り込まれているからである。加えて,人と人との信頼関係や心の問題を取り込んだ新たな糖尿病医療体系を「糖尿病医療学」と名付け,これを興したいという著者の強い信念が流れている。
とはいえ,糖尿病の診療において大切な基礎知識を持たずに,医療学を論ずるわけにはいかない。そこで基礎編のPart 1では,血糖コントロールについて患者が知っているべきことが簡潔にまとめられている。この章を読むと,医学的な要因のみならず,行動学的な要因が血糖コントロールに影響することがわかる。例えば,SMBGをすることができると確信し,それを実践して,血糖コントロールが改善すればSMBGを継続するという行動につながる,などがその一例である。
Part 2では,糖尿病の治療に対する行動を決定する上で重要なのは,患者自身の管理行動であり,患者がどう考えているかが重大な要因であることが説明されている。ここのキーワーズは,エンパワーメント,セルフエフィカシー,ストレス,QOLなどの外来語であるが,著者はその一つ一つについて,医師,看護師,患者の三者間に誤解が生じることがないように,丁寧に解説している。
第3章の実践編は,著者の"本領発揮"といえよう。糖尿病療養行動の促進,援助をいかに行っていくのかが,かゆいところに手が届くように記されている。このようなことが大切だったのだと,今更ながら思い知らされること満載である。第4章は,"糖尿病者のこころを支える"と題し,医療学を興そうと考えるに至った筆者の心の経緯が示されている。その文章の一つ一つの言葉に,著者の心の叫びが込められており,心を打たれる。
本書の対象は,糖尿病患者にとどまらない。根底に流れている石井哲学はもっと普遍的だからである。誰しも,「理不尽だと感じる状況」から抜け出したいのに,具体的な方法がわからないという状況に置かれたことがあるだろう。そのような場合に本書をひもとけば,解決のヒントが見つかるかもしれない。また,歩む道の先に光があることを感じさせてくれるだろう。糖尿病を持つ人が勇気付けられ,彼らを取り巻く人たちを温かな気持ちにさせてくれる本書が,多くの方々にとって座右の書となることを願ってやまない。
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